健康増進・行動学分野 井上浩輔教授とハーバード大学の研究チームが、日米のデータを用いてGLP-1受容体作動薬の使用中断について記述した論文が、JAMA Cardiology誌に掲載されました
GLP-1受容体作動薬(GLP-1RA)は、血糖値を下げ、体重を減らし、心血管および腎疾患の予防にも効果を示すことが知られています。しかし、治療を途中で中断するとその恩恵が十分に得られない可能性があります。これまでGLP-1RA全体として中断率が高いことは知られていましたが、近年広く使用されているセマグルチド(semaglutide)注射製剤に特化して、その中断頻度や要因を詳しく検討した研究はほとんどありませんでした。
そこで本研究グループは、米国と日本という医療制度や人口構成の異なる2か国の大規模医療データを用い、高齢糖尿病患者におけるセマグルチド注射製剤の中断率およびその関連因子を検討しました。対象は、米国のMedicareデータ(約32万人)と日本のDeSCデータ(約8,500人)に登録された65歳以上の糖尿病患者で、いずれも2018年以降にセマグルチド注射を新規に開始した人を追跡しました。
解析の結果、セマグルチド注射を開始して12か月後の時点で、米国では約6割、日本では約3割の患者がGLP-1RAの使用を中断していました。一方、経口セマグルチドや他のGLP-1RAへの切り替えは、米国で2.8%、日本で10.1%と特に日本で比較的認められました。さらに、心血管疾患や慢性腎臓病を有する患者では中断率が高い傾向がみられました。また、興味深いことに、米国ではMedicareとMedicaidの両方に加入している低所得層の患者のほうが、中断率が有意に低いことが示されました。これは、薬剤費の自己負担が少ないことが継続率の高さに寄与している可能性を示唆しています。一方、日本では公的保険による薬剤費負担が比較的低く抑えられていることが、米国よりも中断率が低い背景の一因と考えられます。
本研究結果は、セマグルチドのような有効な糖尿病治療薬であっても、多くの患者が治療を継続できていない現状を明らかにしました。特に心血管疾患や腎疾患など、本来この薬剤から最も大きな恩恵を受けうる高リスク患者ほど中断しやすいことは臨床的に重要です。薬剤の費用負担や副作用、供給不足など、個人レベル・制度レベル双方の要因が中断の背景にあると考えられ、治療の持続を支援する国際的な取り組みが求められます。
本研究成果は、国際学術誌「JAMA Cardiology」に、9月24日に公開されました。
Inoue K, Decker SRR, Shi I, Liang L, Song Y, Khan SS, Kazi DS*. Discontinuation of Semaglutide Among Older Adults with Diabetes in the US and Japan. JAMA Cardiology. 2025. Online ahead of print.
責任著者:井上浩輔
リンク:
https://jamanetwork.com/journals/jamacardiology/fullarticle/2839152