京都大学 大学院医学研究科 社会健康医学系専攻

環境衛生学

感染症疫学と理論疫学を駆使して感染症の流行制御に取り組みます。
次世代の感染症危機に活躍するプロになりたい方をお待ちしています。

  • 教授:西浦 博
    Hiroshi Nishiura, M.D., Ph.D., D.T.M.&H.
    Professor

概要

  • 健康要因学講座 環境衛生学分野
  • 教授:西浦 博
  • 准教授:原田 浩二
  • 特定助教:茅野 大志
  • 特定助教:小林 鉄郎
  • 特定助教:鈴木 絢子
  • 特定助教:林 克磨
  • TEL:075-753-4456
  • FAX:075-753-4458
  • e-mail:
  • URL:https://hygiene.med.kyoto-u.ac.jp/

当分野について

「衛生学」は「生をまもる」学問という意味で作られたものですが、学問的な歴史は感染症学に由来します。「Hygieneは感染症制御の学問である」としたのはドイツに源泉があり、結核菌の発見者で知られるRobert Koch氏がベルリン大学医学部衛生学(Medizin und Hygiene an der Medizinischen Fakultaet der Berliner Universitaet)の初代教授を務めたことが近代のHygieneのはじまりです。19世紀後半から20世紀前半の予防医学とはほとんど感染症制御を指すようなものでしたから、衛生学は感染症の発見および制御とともに学問的な発展を遂げたのですよね。その後、第2次世界大戦後を中心として、環境医学や産業保健における貢献も時代とともに変化を続けました。高度経済成長に伴う産業形態の変化や公害問題などを契機として、化学物質や毒性学、更にその後は遺伝学や実験医学の一部も衛生学の範疇となっていきました。ですから、衛生学はとても網羅的な学問なのですが、第2次世界大戦後に日本国内で拡大した公衆衛生の健康増進という概念と対比させるとすれば、公衆衛生学は主に内的要因・生活習慣と健康・疾病の問題を扱うのに対し、衛生学は主に環境・外的要因に着目した健康と疾病の問題を取り扱うものとも言えます(ただし、それを区別する意味合いは余り大きくないこともあり、多くの場合においてオーバーラップが多くて境界は不明確です)。現代の日常生活では、単に「清潔な」という意味合いでも「衛生」という語が用いられていますね(例えば「手指衛生」とか「水衛生」なんて、そういう意味で捉えますよね)。学問の守備範囲は他と同様、継続して多様化を続けています。

そのような中、京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻の環境衛生学分野では感染症を対象に研究と教育に取り組んでいます。日本では医学部の教室単位はとても小さくて、特に京大の分野では教授1人に准教授1人というサイズ(プラス有期で雇用される特定助教や研究員)から成る小講座制度で運営するのが基本です。そのため、教室はcommon threadを「感染症」に据えた専門家集団にした上で運営しています。環境医学のニーズに応えることも重要ですので、研究面では主に感染症と関連する点に絞って取り組み、教育面で学部や修士課程の環境医学を担当しています。感染症研究では、数理モデルおよび統計モデルを利用した感染症自然史等の推定や感染ダイナミクスの解明、流行対策の評価および流行予測の実現などを細目分野として、感染症の理論疫学(数理疫学)に取り組んでいます。もちろん、数理モデルを利用しない感染症研究として、フィールド疫学やアウトブレイク調査、サーベイランスにも取り組んでいますし、数理モデルの別分野として人口学に関連するモデリング研究(現時点では死因構造のみ)に着手しています。

これまで、日本の感染症疫学は極めて脆弱な状況にありました。第2次世界大戦直後20年の間は国内に理論疫学研究のグループが片手に収まる数であるものの確実に存在しました。しかし、現在において、医学部に同専門を中心的課題として掲げる教室は私たちが知る限り自身らだけです。国内での新興再興感染症の発生時に仮に流行制御などができたとしても、適切なデザインの下でデータを収集・分析して国際的学術誌に速やかに報告する専門研究体制が必要です。現在の状況を一夜で変えることはできませんが、疫学全体でなく感染症疫学の高度な部分に改善点を限ることによって、短期間で国際第一線へのキャッチアップは可能な状況にあります。この数年での教室の目標設定は、多くの欧州・米国の公衆衛生大学院の競合研究チームと比較して、こちらでトレーニングいただいたほうが体系的で良質かつ大量の研究経験を詰める体制を維持しようとしています(既に中途半端な場所よりも良い業績を出せる見込みで動いていますが、ボストンとロンドンにある大手には研究面だけでも負けない体制を敷こうとしています)。それは十分に可能な状況にあり、当分野で良い経験を経た専門家が国・地域と世界を支える人材として羽ばたけるよう教育と研究トレーニングに尽力しています。京都大学を発信源として、新しい感染症疫学と人材育成が始まっています。ぜひご連絡・お立ち寄りを下さいますようお待ちしていますね。

研究・教育について

感染症数理モデルを利用した流行データの分析を専門に研究しています。技術面で他を圧倒できる専門家集団の排出を心掛けています。感染症疫学や理論疫学に特化したマニアックなメンバーで構成し、新興・再興感染症の発生時における流行動態の把握や必要とされる流行対策の策定に貢献する研究はもちろんのこと、ワクチン予防可能疾患や顧みられない熱帯病なども含めて、感染症専門家として世界と地域の両レベルで頼りになる専門家が当教室から生み出されつつあります。例えば、インフルエンザ、エボラ出血熱、中東呼吸器症候群(MERS)、ジカ熱などの新興再興感染症流行時の感染性の推定や2次感染リスクの特定、今後の輸入リスクの推定や流行予測の実施など大規模生物情報を活用した流行モデリングや数理モデル研究成果の感染症対策政策での実装を中心に研究に取り組んでいます。時々、突然に自宅に帰れない流行イベントや時事的研究があるので大変エキサイティングな現場である一方、一定のストレスに対峙する精神力と連日の激務に立ち向かえる体力を誇る生き生きとしたグループです。環境医学のニーズに応えることも重要で、研究面では感染症と関連する点(気候変動と感染症等の健康有害事象の関係のモデル化)に絞って取り組んでいます。

その中身は以下のように分類できます。

  1. 新興感染症・再興感染症を中心としたリアルタイム分析研究
  2. 新規感染者数や時点感染者数の推定と予測,診断率の推定
  3. ワクチン予防可能疾患の疫学研究
  4. ヒトと環境の接点における感染症研究:野生動物・家畜との共通感染症,環境暴露による感染リスクの検討
  5. 感染症の自然史推定:感染性,致死率,潜伏期間,世代時間やそれらの決定要因
  6. 新しい方法論の開発,特に確率過程を用いた尤度方程式の明示的な導出

最近は上記に加えて人口学や非感染性疾患の推定・予測モデルの構築に少しずつ着手しています。当然ですが,実践的研究を多数扱うために,観察データと研究の疑問点に依存して用いる数理モデルを柔軟かつ数理的に大胆に変化させます。また,もちろんですが,数理モデルを用いる必要は必ずしもなく,アウトブレイク調査やサーベイランス,臨床研究などの疫学研究も実施しています。Common threadは「目の前の現象を理解する」ことです。方法論的には邪道であろうと構わないので,逞しく目の前の流行問題や予防接種課題,人口問題などに対峙できる研究面での貢献を目指しています。専門性が役に立ちそうな方,感染症の共同研究が模索できそうな方は,ぜひご連絡下さい。
 

研究業績

  1. Anzai A, Kawatsu L, Uchimura K, Nishiura H. Reconstructing the population dynamics of foreign residents in Japan to estimate the prevalence of infection with Mycobacterium tuberculosis. Journal of Theoretical Biology 2020;489:110160. doi: 10.1016/j.jtbi.2020.110160.
  2. Echigoya Y, Yamaguchi T, Imamura A, Nishiura H. Estimating the syphilis incidence and diagnosis rate in Japan: a mathematical modelling study. Sexually Transmitted Infections 2020:sextrans-2019-054421. doi: 10.1136/sextrans-2019-054421.
  3. Chan YH, Nishiura H. Estimating the protective effect of case isolation with transmission tree reconstruction during the Ebola outbreak in Nigeria, 2014. Journal of the Royal Society Interface 2020;17:20200498. doi: 10.1098/rsif.2020.0498.
  4. Nishiura H, Linton NM, Akhmetzhanov AR. Serial interval of novel coronavirus (COVID-19) infections. International Journal of Infectious Diseases 2020;93:284-286. doi: 10.1016/j.ijid.2020.02.060.
  5. Linton NM, Kobayashi T, Yang Y, Hayashi K, Akhmetzhanov AR, Jung SM, Yuan B, Kinoshita R, Nishiura H. Incubation Period and Other Epidemiological Characteristics of 2019 Novel Coronavirus Infections with Right Truncation: A Statistical Analysis of Publicly Available Case Data. Journal of Clinical Medicine 2020;9:538. doi: 10.3390/jcm9020538.